「 Tyre Width Insight 」 Vol.2
28Cか、それとも30Cか。
クリンチャーか、それともチューブレスか。
「太い方が速い」と、データは言う。けれど、自分の脚は別の答えを返してくる。
前回 Vol.1 では、ロードバイクのタイヤが23Cから30Cまで広がってきた20年の歴史と、「太い方が速い」という新しい常識を支える転がり抵抗の二重構造――ケーシング損失とインピーダンス損失――について整理しました。
データは、太化を支持しています。研究は明確に、「太いタイヤを低めの空気圧で運用した方が、実走では速い」と語っています。
しかし、ライダーの体感はしばしばそれとズレます。「太いと重く感じる」「細い方が速く感じる」――この体感は、単なる思い込みなのでしょうか。それとも、データがまだ捉えられていない何かを、私たちの身体は先に感じ取っているのでしょうか。
この Vol.2 では、その「ズレ」の正体を、私自身の実走経験、ワールドツアー2人の頂点の選択、そして日本のホビーシーンの現在から、立体的に解きほぐしていきます。
「重い、もっさり」を、もう一段だけ言葉にする
正直に書きます。私自身は、23C→25C、25C→28C、28C→30Cの3回の移行期すべてで、最初に「重い、もっさり、クイックじゃない」と感じてきた人間です。「太い方が速い」という研究データが提示されても、自分の脚で踏んだときの感覚は、毎回同じ違和感を返してきました。
当時感じていた「重さ」を、もう少し具体的に書きます。
顔を出していたのは、加速の局面でした。低速時からのひと踏み目。コーナーからの立ち上がり。急こう配での踏み込み。信号待ちからのスタート――要するに、バイクを加速させようとするすべての場面で「力が必要だ」と感じていたのです。淡々と巡航している間は、それほど違いを感じません。問題は、加速のたびに重さが顔を出してくることでした。
そしてもう一つ、別の感覚もありました。低圧の影響だと思いますが、タイヤが必要以上に潰れてしまい、路面に張り付いて、引きずりながら走っているような感覚です。極端に言えば、パンクして走っているような感じ。タイヤと路面がいつまでも離れない、そんなニュアンスです。
あらためて振り返ると、この「引きずる感覚」が最も強く出ていたのは、リム内幅20mm前後のホイールに28Cタイヤを履かせたときの中〜低圧帯でした。
面白いことに、空気圧を6bar前後まで高めに入れると、軽快感は戻ってきます。しかし今度は、エアボリュームの大きい太いタイヤを高圧にする副作用で、タイヤがパツパツに張って路面で跳ねるようになる。結局これも遅く感じる。中間の圧に下げれば、また引きずる感覚に戻る。「適正圧の幅がそもそも存在しない」――そんな状態だったのです。Vol.4で空気圧の議論に入るときに、改めて詳しく扱います。
こうした体感は、私一人のものではないと思います。日本のショップブログやSNSを巡回していても、同じ印象を語っているライダーが少なくありません。「ロングライドや街乗りでは確かに快適、しかし高速域では23C・25Cの方が伸びる気がする」――この体感はかなり広く共有されているように見えます。
なぜ、データと体感はズレるのか
いくつかの仮説があると考えています。
仮説1:体感は「振動」を「速さ」と誤認しやすい。 細く高圧のタイヤは、路面の微細な凹凸を強くライダーへ伝えます。この振動が、「路面と一体になっている」「速く進んでいる」という感覚を作り出している可能性があります。海外メディアでも「narrower tyres feel faster because the rattle creates an illusion of speed(細いタイヤはガタつきが速さの錯覚を生む)」という指摘が複数なされています。
仮説2:タイヤ自体の重量が、加速感を直接削っている。 巡航時はインピーダンス損失の影響が支配的になりますが、加速時・ダンシング時・コーナー立ち上がりでは、回転質量の影響が顔を出します。同じモデルであれば、28Cは25Cよりも1本あたり30g前後重く、ペアで60g以上の差になります。この差は、高速巡航では消えても、加速の最初の数秒には現れるのではないかと感じています。
仮説3:旧来のリム内幅では、太いタイヤの形状が「歪んで」いた。 リム内幅が19〜21mmの環境に28Cや30Cを履かせると、タイヤの断面は本来の設計より縦長に潰れた形になります。この状態では、太いタイヤの理論上の利点が十分に発揮されません。「太いタイヤが重く感じる」のは、本当にタイヤ幅の問題だったのか、それともタイヤとリムの組み合わせの問題だったのか――この問いは、Vol.3で正面から扱います。
少なくとも、体感を「単なる思い込み」として切り捨ててしまうのは、おそらく早計です。体感は、私たちがまだ言葉にできていない物理現象を、先に捉えていることがあります。そのことを忘れずに、次の話に進みたいと思います。
2人の頂点が示す、「感覚」と「データ」の過渡期
ワールドツアーの選択は、いま立体的になっています。2023〜2026年の主要動向を整理してみます。
| シーズン | 主流幅 | 注目すべき動き |
|---|---|---|
| 2023 | 28mm | tubular(チューブラー)が事実上絶滅、tubeless(チューブレス)が標準化 |
| 2024 | 28mm/一部30mm | ポガチャル(UAE)が30mm専用設計のContinental Archetypeを投入 |
| 2025 | 28mm定着/30mm拡大 | 大半が28mm、一部チームは30mmへ。パリ〜ルーベでは32mm |
| 2026 | 28mm/一部選手が28mmへ"回帰" | 太化トレンドが単線ではなくなる兆候が見え始める |
特に印象的なのは、対照的な2人の選択です。
ポガチャル ―― データに基づく、30mmへの全面投入
UAE Team Emiratesのタデイ・ポガチャルは、2024年のツール・ド・フランスで、Continentalが彼のチームのために開発した「Archetype」という30mm専用設計タイヤを使用しました。30mmのために最適化された設計思想そのものが新しい。タイヤ幅は、もはやサイズ違いの選択肢ではなく、設計上の独立変数として扱われ始めたわけです。
ポガチャルの選択は、おそらく科学的な数値をベースに「いまの最適」を探っているのだと感じます。研究データが指し示す方向に、忠実に乗っていく姿勢。
ヴィンゲゴー ―― 感覚を信じる、細めとチューブラーへの回帰
一方、Visma–Lease a Bikeのヨナス・ヴィンゲゴーは、レースによっては26〜28mmと、ポガチャルより細めの選択をしています。一部のステージではチューブラーを使った場面さえあったと記憶しています。
ここで一つ、私が長く不思議に感じてきたことを書かせてください。チューブラーは、ドラム試験機で測定すれば「数値上は遅いタイヤ」とされることが多いのに、走った体感としては明確に軽く感じるのです。私自身、選手時代にチューブラーで戦っていたとき、コーナーで路面をきれいに捉えている感覚や、直進路でも軽快に転がっていく感覚を、はっきり覚えています。
あくまで感覚的な仮説ですが、こういうことではないかと思っています。チューブラーは断面が真円に近く、リムに貼り付けて使う構造のため、荷重がかかったときに「きれいに潰れて、きれいに円に戻ろうとする」のです。タイヤは回転し続けていて、路面との接点はその瞬間だけ潰れ、すぐに戻り、また次の接点が潰れる――これを連続的に繰り返しています。その「戻ろうとするエネルギー」が、推進力に変わっているように感じるのです。物理学的な裏付けわかりませんが、チューブラー特有のヒステリシス特性――変形してから戻るまでの応答が、クリンチャーやチューブレスと異なっている可能性は、十分にあると思います。
ヴィンゲゴーがチューブラーを選んだ場面があったとすれば、彼はおそらく、こうした「数値には表れないが、自分の身体は確かに捉えている何か」を信じている選手なのだと思います。直感と感覚を軸にしている。
いまは、感覚とデータの過渡期にある
世界の頂点で戦う2人が、まったく異なる方向にタイヤを選んでいる。この事実そのものが、「正解は一つではない」現代の状況をよく表しています。
もちろん、ポガチャルが感覚を無視しているわけではないでしょうし、ヴィンゲゴーがデータを軽視しているわけでもないはずです。それでも、最終的にどちらの声に重みを置くかで、選択は変わってくる。いまのロードバイクは、感覚とデータが互いに引き合う過渡期にあるのです。
ここで一つ、補足として書いておきたいことがあります。ワールドツアーの選手たちは、そもそもFTPが体重の6倍に達するような出力域で走っています。これだけのパワーがあれば、タイヤが多少重くても、惰性の強い太いタイヤを乗りこなせる余力がある、という見方もできます。
逆に言えば、私たちホビーレーサーや国内プロの出力域では、タイヤの重量差がより直接的に走りに現れる――そんな構造が、もしかしたらあるのかもしれません。「ワールドツアーが28Cだから、自分も28Cが最適」とは、必ずしも言い切れない可能性です。
日本のホビーシーン、いま実際に選ばれているもの
では、日本のホビーレーサー、そして週末ライダーたちは、いま何を選んでいるのか。お客様と日々接している立場から見える景色を、ここで共有しておきたいと思います。
まず、タイヤ幅についてです。すでに28Cへの移行はほぼ完了していると感じています。「日本のホビー層はまだ25C主流」という認識は、ここ1〜2年で過去のものになりました。
タイヤ幅:28C ≒ 8割/30C ≒ 2割(25Cはほぼ過去)
システム選択:競技志向・上級者 → チューブレス/一般のお客様 → クリンチャーが依然多い
クリンチャー派の傾向:軽さ重視は TPUチューブ、しなやかさ重視は ラテックスチューブ
システム選択が分かれる、その背景
面白いのは、システム選択がきれいに分かれていることです。ワールドツアーの世界ではチューブレス一択へと収束していくのに対して、日本のホビーシーンには「チューブを進化させる」という別の道を選んだ人たちが確実にいるのです。
なぜ一般のお客様の多くが、いまもクリンチャーを選び続けているのか。最も大きな理由は運用のやりやすさだと感じています。パンクしたときの処理をどうするか。シーラントをどう扱えばいいのか。出先での対処に不安が残る――これらが現実的なハードルになっています。
それに加えて、もう一つの構造的な事情があります。チューブレスタイヤは、クリンチャー用のタイヤより本体重量がやや重く、シーラントも必要になります。ハイエンドクラスのタイヤを選ばないと、軽量性の面でチューブレスの恩恵を十分に受けにくいのです。価格と品質のあいだに、無視できないジレンマがあります。
TPUとラテックス、選ぶ人の違い
クリンチャーを選ばれるお客様のなかでも、チューブ選びには明確な傾向があります。
TPUチューブを選ばれる方は、軽さを価値の中心に置いておられる方が多い印象です。フレームそのものに振動吸収性のある素材を使っておられる場合、チューブの硬さ・しなやかさよりも、システム重量を削れることの方が体感に直結するからです。数値で示せる軽さは、誰にとっても説得力がある。
一方、ラテックスチューブを選ばれる方は、路面の微細な変化に気が付く方が多いように感じます。タイヤとチューブの間で起きているわずかな振動の質、しなやかさの違いに敏感な方々です。タイヤを「触感」で語る方には、ラテックスが好まれます。
私自身も、ラテックスチューブで運用していた時期があります。ただ正直に書くと、タイヤがハイエンドクラスであれば、乗り味としてはチューブレスの方が私には合っていました。少し価格を抑えたタイヤを選びたい場合に、ラテックスやTPUで重量メリットを得る――そんな使い分けが、現実的な選択肢として残っています。
30Cを選ばれる2割は、どんな方か
タイヤ幅で30Cを選ばれる方の傾向も、店頭で見ているとはっきりしています。レース志向で30Cを選ぶ方はまだ非常に少ない。30Cに求める第一の理由は、安定感です。
30Cは、乗った瞬間に違いがわかります。「おーっ」と声が出るような、明確な安定感。ブレーキがよく効くような感覚、コーナーで挙動が落ち着いている感覚、路面の凹凸や微振動を吸収してくれる安心感。速さよりも安心感を優先される方に、30Cはとても合っているのです。
つまり、いまの日本のホビーシーンは、こんなふうに整理できるかもしれません。28Cと30Cの選択は、必ずしも「速さの選択」ではない。安定感、安心感、運用しやすさ――どの軸を大事にするかで、最適解が変わる時代になっているのです。
そして、最初の問いに戻る
Vol.1から Vol.2 にかけて、23Cから30Cまでの20年あまりの地層と、その上に重なるデータと体感のズレを辿ってきました。
ここで、Vol.1の冒頭で投げかけた問いに戻りましょう。
28Cか、それとも30Cか。クリンチャーか、それともチューブレスか。
結論から書きます。この Vol.2 までの範囲では、まだ答えは出ません。
なぜなら、ここまで見てきたとおり、タイヤ幅は単独で動いた変数ではないからです。同じ28Cでも、装着するリムの内幅が変われば、タイヤの実測幅・断面形状・走りの質感は、別物のように振る舞います。同じ太さでも、空気圧の運用領域が変われば、引きずるのか跳ねるのか軽快なのか、別世界に変わります。タイヤ幅という一つの変数だけを見て、最適解を語ろうとすること自体が、もはや成立しない時代なのです。
そしてもう一つ、最近のワールドツアーで起きている興味深い動きにも触れておきたいと思います。あれだけ太化を進めてきた選手たちのなかに、いま28mmへ"戻ろうとする"動きが見え始めています。タデイ・ポガチャルでさえ、特定の状況では28mmや、より細い内幅のリムを選んでいます。
これをどう読むか。正直に書くと、私自身もまだ答えを持っていません。ホイールの空力特性が成熟してきた影響なのか。フレームそのものの振動吸収性が向上したことで、タイヤに任せていた役割が減ったのか。あるいは、20年かけて広がり続けてきた「タイヤ幅・リム内幅・空気圧」という三つの変数が、ようやく最適な組み合わせに収束しようとしているのか。
このシリーズで私が試みたいのは、答えを示すことではありません。いま何が起きているのかを、できる限り正直に整理し、あなた自身が選ぶための景色を立体的に揃えることです。28Cか30Cか、クリンチャーかチューブレスか――その問いに最終的に答えるのは、走り手であるあなた自身であってほしいと思っています。
次回 ― 「太いのに、軽い」が起きた日
最後に、Vol.3へつなぐ伏線を一つだけ置かせてください。
私自身は、23Cから30Cまでの3度の移行期すべてで、「太いタイヤは重い」と感じ続けてきた人間です。世界のトップが28Cへ、30Cへと進んでいくなかでも、自分の脚は同じ違和感を返し続けていました。
その違和感が、ある日、突然消えました。
2024年の年末、あるホイールを試した直後のことです。タイヤは変わっていません。空気圧の理論も同じです。それなのに、走り出した最初の数百メートルで、私が10年近く感じ続けてきた「太いタイヤの重さ」が、まるでなかったかのように消えていたのです。
ハンドリングはスムーズで、ダンシングでタイヤが必要以上に潰れることもない。それまで6bar入れないと使い物にならなかったタイヤが、4bar、3.5barでも、まったく違和感なく転がっていきました。空気圧をいじることの意味そのものが、変わってしまったのです。
その日、私はようやく気づきました。私はずっと、間違った変数を見ていたのかもしれない、と。
「太いタイヤは重い」のではなかった。「ある条件下でのみ、太いタイヤは重く感じていた」だけだった。その条件とは何だったのか――次回 Vol.3 で、正面から扱います。
そこでようやく、いまあなたが抱えている「28Cか30Cか、クリンチャーかチューブレスか」という問いに、一つの足場ができるはずです。
もう少しだけ、お付き合いください。
次回 Vol.3 では、リム内幅という変数を加えて、「太いのに軽い」が成立する条件を解きほぐしていく。
【Jam cycle 機材インフォメーション】
ロードホイール・タイヤ・チューブシステムについて、店舗にて試乗予約・ご相談を承っております。
タイヤ幅・リム内幅・空気圧の組み合わせは、ライダーの体格・走り方・目的によって最適解が変わる領域です。
「自分にとっての一本」を、ぜひ店頭でご相談ください。
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※ もちろん、店頭でのお声がけも大歓迎です。
※ 本記事は筆者の20年余りにわたる実走経験と、公開されている研究資料・取材情報をもとに構成しています。タイヤ・ホイールの最適解は、ライダーの体格・走り方・路面環境により異なります。
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