「 Tyre Width Insight 」 Vol.1

Tyre Width Insight ― Vol.1 / 6

タイヤ幅の歴史と
転がり抵抗の科学


なぜ28Cと30Cが、並び立つ時代になったのか。


28Cか、それとも30Cか。クリンチャーか、それともチューブレスか。

いまロードバイクのタイヤを選ぶことは、10年前とは比べものにならないほど立体的になっています。タイヤ幅だけではありません。ホイールの内幅、空気圧の運用、フックレスへの対応、チューブシステムの選択――それぞれの変数が互いに絡み合い、「結局、自分は何を選べばいいのか」という問いが、かつてないほど答えにくくなっているのが、いまの状況ではないでしょうか。

このシリーズ「Tyre Width Insight」では、その問いに直接答えることを目的にはしません。代わりに、なぜいまこの問いがこれほど答えにくくなったのかを、ここ20年あまりの歴史と、最新の研究を辿りながら、少しずつ解きほぐしていきたいと思います。

答えを急ぐより、まず景色を整理する。そのうえで最後にもう一度、あなた自身の選択へと立ち戻る――そんな道筋を辿るつもりです。

― 本シリーズの構成 ―

Vol.1 タイヤ幅、20年の歴史と転がり抵抗の科学(本記事)

Vol.2 データと体感がズレるとき:プロpelotonと日本のホビーシーンの現在

Vol.3 タイヤ幅とリム内幅:「太いのに軽い」が起きた日

Vol.4 空気圧との最適解:Breakpoint Pressureと、現代の運用領域

Vol.5 シーン別最適幅:ヒルクライム・ロードレース・エンデュランス

Vol.6 プロpelotonのトレンド:太化は単線ではない

この Vol.1 では、まず「タイヤ幅」という変数が、この20年でどのように動いてきたのか、そして「太い方が速い」という新しい常識が、どんな科学に支えられているのかを整理します。


かつて、23Cが「当然」だった時代


私が選手として走っていた頃、タイヤは23Cが標準で、レース時には21C、ときに19Cまで選択肢に入っていました。空気圧は8〜9bar。「細くて高圧」がそのまま速さの記号だった時代です。

練習はクリンチャー、レースはチューブラー。この使い分けは単なる慣習ではなく、走りの差として明確に体感できるものでした。チューブラーは構造上リムも軽く、タイヤ自体もしなやかで、コーナーで路面を捉えている感覚が高い。「攻めることができる」イメージがありました。

― 2000〜2010年代の標準的セットアップ ―

タイヤ幅:19〜23C(レース)/25C(一部ロングライド)
空気圧:8〜9bar が一般的
システム:練習=クリンチャー、レース=チューブラー
リム内幅:13〜15mm(ナローリム時代)

いま振り返ると、当時の私たちは「タイヤ幅」「リム幅」「空気圧」を、それぞれ独立した変数として捉えていたのだと思います。タイヤを細くする、空気圧を上げる、軽量化する――それぞれが個別の最適化として語られていた時代でした。

その前提自体が、これから10年あまりをかけて、根本から組み替えられていくことになります。

2015年〜:リム内幅が広がり始めた

2015年前後から、ロードホイールのリム内幅が広がり始めます。13〜15mmが標準だった世界に、15mm、17mmという数字が登場してきました。とはいえ、当時の私自身を含めて、ライダー側に「リム内幅」という意識はまだ強くありませんでした。「このブランドは広いリムだな、こっちは細いな」くらいの認識です。

2017年頃〜:プロpelotonに25Cが定着する

2017年頃にはプロpelotonでも25Cを使う選手が増え、チューブラー、クリンチャー、そして初期のロードチューブレスが並存し始めます。25Cが「あり得る選択肢」として定着し始めた時期でした。

当時はまだ、ロードチューブレス対応の良質なタイヤが少なく、いずれチューブレスが主流になるとは思いつつも、いま選ぶ理由は弱いという判断でした。25Cそのものについても、率直に書くと「23Cはやはり軽い」というのが当時の私の感覚で、25Cはどちらかと言うと「重い」「ヌタっとした乗り味」「ダンシングでハンドルの振りが重い」――そんな印象が先に立っていました。

2022年頃〜:軽量25Cの登場で、ようやく受け入れた

転機が訪れたのは2022年頃です。25Cというサイズが、軽量タイヤとして成立し始めました。それまで「タイヤが重くなる」というデメリットを抱えていた25Cが、軽量化の進化によって、ようやく違和感なく使える状態になったのです。同時に、ワールドツアーの選手たちはすでに28Cを試し始めていました。

私自身も28Cを試しました。しかし最初の印象は、はっきり「これは無理だ」でした。重い。もっさりしている。たしかに路面の凹凸は楽になるけれども、走りそのものが重く感じる――そんな感覚です。この体感が何だったのか、なぜ生まれたのか、という話は、次回 Vol.2 で正面から扱います。

2023〜2024年:30Cの登場と、世界トップの分岐

2023〜2024年になると、一部のライダーが30Cを使い始めます。私も試してみましたが、こちらは28Cの試走以上に「重すぎて使えない」という印象でした。淡々と走る方には向いているとは感じましたが、クイックに加速する局面、コーナーの立ち上がりで踏み込みたい局面では、私自身の使い方には合いませんでした。

その頃、世界の頂点ではタデイ・ポガチャルが30mmを導入。一方、ヨナス・ヴィンゲゴーは細めのタイヤを選び、レースによってはチューブラーを使用する場面もありました。世界の頂点の2人が、まったく異なる方向でタイヤを選び始めた――この事実は、Vol.2で詳しく扱います。

23C 25C 28C 30C
およそ15年で、ロード標準タイヤ幅は7mm広がった。
同じ期間に、リム内幅は13mm → 25mm、空気圧運用は9bar台 → 3bar台へと変化している。

つまりここまでの流れは、「タイヤ幅だけ」が広がった現象ではないのです。リム内幅、空気圧運用、システム選択――それらすべてが、互いに影響し合いながら同時に組み変わってきた。タイヤ幅の太化は、ロードバイク全体の設計思想が組み変わったうえでの帰結として見るのが、いまの私の理解です。


「太い方が速い」を支える、転がり抵抗の二重構造


2010年代半ば以降、海外の研究者たちが「太いタイヤの方が、実走では速い」というデータを次々と発表しはじめます。BicycleRollingResistance.comの実測テスト、SilcaのJosh Poertner氏、Tom Anhalt氏らの調査がその代表的なものです。

ここで重要なのは、彼らが提示した「転がり抵抗には二つの層がある」という考え方です。

第一層:Casing Loss(ケーシング損失)

古典的にイメージされてきた転がり抵抗です。タイヤが回転しながら路面に接地するとき、タイヤ自体が変形し、その変形のたびにゴムやケーシングの内部でエネルギーが熱として失われていく。これがケーシング損失(ヒステリシスロス)です。

従来のドラム試験機(金属の滑らかな円筒の上でタイヤを転がすテスト)で計測されてきたのは、ほぼこのケーシング損失だけでした。そしてこのテストでは確かに、「空気圧を高くすればするほど抵抗は下がる」というデータが得られていたのです。

第二層:Impedance Loss(インピーダンス損失)

しかし実際の路面は、ドラム試験機の表面のように滑らかではありません。アスファルトには細かな凹凸があり、それを高圧のタイヤで通過すると、衝撃が車体とライダー全体に振動として伝わります。この振動を発生させるエネルギーそのものが、推進力からの損失になっているのです。これがインピーダンス損失(サスペンションロスとも呼ばれます)です。

SilcaのJosh Poertner氏は、これを「車体とライダーのシステムに、路面振動が引き起こす"揺さぶり"による損失」と表現しています。Tom Anhalt氏はこれを「Breakpoint Pressure(ブレイクポイント圧)」という概念で定式化しました。

― Breakpoint Pressureとは ―

Breakpoint Pressureとは、転がり抵抗が"最も低くなる"空気圧のことです。その圧より低圧側では、ケーシング損失が支配的で、空気圧を上げるほど抵抗は下がります。しかしBreakpointを超えると、今度はインピーダンス損失が立ち上がり、空気圧を上げるほど抵抗は逆に増えていきます。

そしてこのBreakpointの位置は、路面が粗いほど、タイヤが細いほど、低い圧力側へシフトすることが分かっています。逆に言えば、太いタイヤほど低圧で運用しても性能が損なわれにくく、結果として実走の路面でインピーダンス損失を抑えられる、というのが現代の理解です。

この考え方が広く受け入れられたことで、「太いタイヤを低めの空気圧で運用した方が、実走では速い」という新しい常識が形成されていきました。Zipp社が公式に「同じホイールであれば28Cの方が25Cより速い」と発信したのも、この流れの中での出来事です。空気圧との具体的な関係性は、Vol.4で改めて詳しく扱います。


この Vol.1 で確認したかったこと


① タイヤ幅は約20年で、23Cから30Cへと7mm広がった

ただしこれは「タイヤ幅だけ」が変化した現象ではない。リム内幅、空気圧運用、システム選択がすべて同時に組み変わってきた、ロードバイク全体の地殻変動である。

② 「太い方が速い」は、転がり抵抗の二重構造から導かれる

ケーシング損失(変形による損失)と、路面振動によるインピーダンス損失。実走の路面では、太いタイヤを低めの空気圧で運用する方が、合計の損失が小さくなる場面が多い。

③ そして、「データ」だけが現実ではない

研究データが指し示す方向と、実際にバイクを踏んでいるライダーの体感は、しばしばズレる。このズレをどう受け止めるかが、次回 Vol.2 のテーマである。


次回 ― データと体感がズレるとき


ここまでは、データ側の話でした。研究は「太い方が実走では速い」と語り、プロpelotonも28Cから30Cへと移行を進めてきました。

しかし、正直に書きます。私自身は、23C→25C、25C→28C、28C→30Cの3回の移行期すべてで、最初に「重い、もっさり、クイックじゃない」と感じてきた人間です。データが太化を支持しているとわかってからも、自分の脚で踏んだときの感覚は、毎回同じ違和感を返してきました。

そしてこのズレは、私だけのものではありません。世界の頂点で戦うヨナス・ヴィンゲゴーは、いまも細めのタイヤとチューブラーを選ぶ場面があります。日本のホビーシーンでも、28Cと30Cの選択は、必ずしも「速さ」を軸に決められているわけではありません。

次回 Vol.2 では、データと体感がなぜズレるのか、その正体を仮説とともに整理します。そしてワールドツアーの選手たちが、どのようにこの問題と向き合っているのか。日本のホビーシーンが、いま何を選んでいるのか――その景色を描きます。

もう少しだけ、お付き合いください。

【Jam cycle 機材インフォメーション】

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※ 本記事は筆者の20年余りにわたる実走経験と、公開されている研究資料・取材情報をもとに構成しています。タイヤ・ホイールの最適解は、ライダーの体格・走り方・路面環境により異なります。

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