クランク長は 短いほうが良いのか
クランク長は
短いほうが良いのか
── 処方の判断軸として
ポガチャルから始まった短クランク化のなかで、私が現場で見ているもの。
短クランク化が進む現在地
ポガチャルが2024年シーズンに入って 165mm へ移行したことが、今のロードバイク業界の話題のひとつになっています。彼だけではありません。ヴィンゲゴー、エヴェネプール、ピドコックといった軽量GC型の選手が、軒並み短いクランクへ振ってきています。
そういう状況のなかで、世間には「短いほうが良い」という空気が出てきていると感じます。SNSや雑誌、ショップでの会話でも、短クランクは 新しい正解 のように語られ始めている。
でも本当にそうなのか。私が現場で選手を見ていると、もう少し複雑な景色が見えてきます。
この記事は、短クランク化を否定するものでも、無条件に肯定する内容ではありません。私が選手やお客様にクランク長の話をするとき、何を見て、何を聞いているか ── その判断軸を共有してみたいと思います。
観察の起点 ── 骨盤の動きを見る
世間ではよく「大腿骨の長さに合わせてクランク長を決める」と言われています。これは ひとつの正解 で、否定するつもりはありません。
でも実際は、人間が脚を使ってペダルを回します。回すという動作の中にただ円運動を行うわけではなく、自転車を前に進めるためには、力を加える必要があります。その力の加え方も、持続的に力を入れたり、時に瞬間的に力を加えたり、さまざまな要素がこのペダルを回すという動作のなかにあります。だから「単純に脚の長さ的に効率的だから○○長がいい」では決まらないと、私は思っています。
大事なのは、その人がそのクランクの長さで 力を出せるかどうか。私が見ているのはこの点です。
観察するポイントはいくつかあります。ペダルを踏み込むストロークの長さ、ケイデンスの傾向、心肺と脚のどちらが強いか、体の柔軟性。
そのなかで、私が クランク長の変更を意識し始める 具体的なサインがひとつあります ──
ある程度ポジションは詰められているのに、ペダリング中に 骨盤が上下に動いている。この状態を見たとき、私はクランク長の長さを変えることを意識し始めます。
長さだけで骨盤が動くわけではありません。サドル高、セットバック、クリート位置 ── ポジションが詰められていない段階で骨盤が動くこともあります。
ただ、ある程度理にかなったポジションが組めている前提で骨盤が上下に動いているなら、それはクランクが乗り手の脚の動きに対して 長すぎる ことのサインだと考えています ──
私自身の話 ── 165mmと172.5mmの間で
ここで私自身の話をひとつ。
普段、私は 172.5mm を使っています。そして、165mmも実際に試してきました。
165mmは、脚を回すのが楽でした。短いから、簡単に回ります。骨盤も動かない。
でも、いつも使っている 172.5mmのほうがパワーは出せる。165mmと比べると脚は回しにくいのですが、出力で見るとこちらが私には合っている。
ここで私が感じたのは ──
「楽に走れる」「楽に脚が回る」ということと、「パワーが出る」ということは、リンクする人としない人がいるのではないか、ということです。
万人にとって、短いクランク = 楽 = 速い、ではない。これは私自身の脚で起きた現象です。
同じことを選手を見ていると、もう少し別の景色が見えてきます ──
体重とケイデンス、そしてクランク長
ここがこの記事の中心になります。なぜ短いクランクには「合う人と合わない人」がいるのか。私が見ている判断軸を、4つの順序で整理してみます。
なぜ短くするとケイデンスを上げる必要があるのか
少しだけ物理的な話をさせてください。
ペダルを踏んでクランクを回すとき、出るパワーは 「ペダルを踏む力 × クランク長 × ケイデンス」 という関係で決まります。
ということは ── クランク長を短くすると、同じパワーを出すには「ペダルを踏む力」を上げるか、「ケイデンス」を上げるか、その両方を組み合わせるしかなくなる。
でも、ペダルを踏む力には上限があります。これは体重と脚の筋力、あとは引き脚や体幹の補助でも変わってきますが、頭打ちが必ずある。だから多くの場合、クランクを短くした人は ケイデンスを上げる方向 で補おうとします。
ここで問題が出てきます ──
体重 × ケイデンス域 ── 自分の指標を持つ
読者の方が自分なりの判断軸を持つために、私はシンプルな2つの指標を見てほしいと思っています。
レース時の実測でなくて構いません。普段の体重で十分です。
ロングライドや巡航時に、自然と落ち着くケイデンスです。
このふたつをクロスさせて考えていきます。
軽量で、日常的に高ケイデンス(90rpm以上)で気持ちよく回せている人 ── こういうタイプは、短クランクの恩恵を取れる可能性が高いと感じています。短くなった分の力を、得意なケイデンスで補える。
体重があり、低ケイデンス(70〜85rpm)でじっくり踏むのが好きな人 ── このタイプは、長クランクのレバーを活かしたほうが、自分の出力特性に合っている可能性が高い。短くしてしまうと、本来の踏みの強みが活きにくくなる印象です。
ここに身長の話を少しだけ加えると、身長160cm以下の方は、短いクランクが必要なケースが多い と感じています。これは脚の長さもあるけれど、体重の軽さも影響しているのではないかと思っています。逆に、もし160cmで70kgあるような方なら、長いほうが合うのかもしれません ── このあたりは、その人がどういう走りをしたいかでも変わってきます。
脚質の三分類 ── 自分はどのタイプか
体重とケイデンス域に加えて、もうひとつ大事な軸があります。キツくなったときに、本能的にどう反応するか ── ここで脚質が3つに分かれていくと、私は感じています。
短いクランクと相性が良い。ギアを一枚軽くしてケイデンスを上げる発想が、本能的に体に合っているタイプ。
短いクランクは厳しい印象。ペダル一回転にかかる重さが大きく感じられるため、本能的な反応との不整合が起きやすい。
長いクランクが多い。peak power(瞬間最大出力)を出す場面で、長いクランクのレバーは武器になる。
ここで言いたいのは、3つのうちどれが優れているという話ではありません。自分の脚質を知ったうえで、それに合うクランク長を選ぶ ── そのほうが自分の出力特性が活きるはずだ、ということです ──
同じ身長でも、走り方で分かれていく
最後に、プロの世界の傾向を、身長170cm台の選手に絞って眺めてみます。同じ身長レンジでも、レース展開の違いによって、クランク長の選択が分かれていく傾向が見えてきます。
カラパス(170cm / 62kg) ── 167.5mm
エヴェネプール(171cm / 61kg) ── 165mm
アダム・イェーツ(173cm / 58kg) ── 170mm
ヴィンゲゴー(175cm / 60kg) ── 165mm
ポガチャル(176cm / 66kg) ── 165mm
メルリエ(178cm / 75kg) ── 172.5mm
フィリプセン(178cm / 71kg) ── 172.5mm
マッズ・ペデルセン(180cm / 70kg) ── 172.5mm
同じ170cm台でも、走り方によって クランク長は5〜7.5mm違っている。選手の身長や脚長だけで機械的に決まっているのではなく、その選手がどういうレースで勝負しているか と強く結びついている、と私は読んでいます。
ここで私が見ているのは ──
ヒルクライマー・総合勢は、長い登りを L4(閾値強度)で持続的に走る 局面が勝負どころです。ここでは 高ケイデンスで長時間ペダルを回し続けることで、エネルギー効率を上げる ことが求められる。短いクランクは、この「長時間の持続的な高ケイデンス」と相性が良いのではないかと感じています。
一方で、ロードレースを主戦場にして、短い登りを繰り返すパンチ力が求められる局面 ── クラシックレースの短くて鋭い登り、スプリントでの瞬間的な加速 ── では、むしろ 長いクランク が選ばれている。peak power(瞬間最大出力)を引き出す場面では、長いクランクのレバーが武器になります。
つまり、選手の体格そのものよりも、どういうレース展開で勝負するか がクランク長の選択に強く影響している ── これが、170cm台に絞ったときに見えてくる景色です。
ポガチャルは2022年頃まで172.5mmを使っていました。そこから2023年に170mm、2024年に165mmへと段階的に短縮していった過程で、登坂時のケイデンスが87rpmから95rpm前後へ上がっていったと報じられています。
これはまさに「短くした分、回す」という物理の通りの結果です。そして、そのケイデンスを長時間維持できているのは、彼の高い心肺機能と軽い体重 ── つまり、短クランクを活かせる 前提条件 を彼が持っているからこそ成立している、と私は読んでいます。
プロが選んでいるからクランクが短いほうがいい、ではなく ──
プロは 自分の体重・脚質・走るレース展開 に合わせて選んでいる。だから一方の集団は短クランクへ移行し、もう一方の集団は動かなかった。読み方としては、こちらが正確だと思っています。
楽さのためか、速さのためか
もうひとつ、大事な分岐軸を共有しておきたいと思います。
クランク長の選択は、「楽さのため」と「速さのため」 で意味が大きく変わってきます。同じ「短くする」という行為でも、目的によって判断の重みが違う。
「楽さのため」の短クランク
脚への負担を減らす。骨盤を安定させる。長距離を快適に走る。こういう目的で短クランクを選ぶケース。これは多くのホビーライダーにとって、合理的な選択になり得ると考えています。
平坦のサイクリングをメインで楽しむ方、休日に気持ちよく走りたい方 ── このタイプの方なら、楽に回せることそのものが価値です。短くして気持ちよく回せるなら、それでいい。
「速さのため」のクランク長選び
峠を速く登る。レースで結果を出す。ヒルクライムでタイムを切る。こういう目的の場合は、判断の前提が変わります。
速さという点においてもう一つ、エアロポジションという点もあります。
例として、2015年にブラッドリー・ウィギンスがアワーレコード挑戦に向けて、177.5mmから170mmへクランクを短縮し、CdA(空気抵抗係数)を3.5%下げたとされる事例があります。これは明確に 「速さのため」 の選択。エアロ姿勢のヒップアングル開放という、はっきりした目的があった。
そしてアワーレコードは1時間持続してペダルを回し続けるという点からもヒルクライムのエネルギーの
ホビーライダーが「速さのため」にクランク長を選ぶ場合、自分の体重、脚質、心肺機能、ペダリング技術 ── これらを吟味して選ぶ必要があります。「短いほうが楽」だから「短いほうが速い」とは、必ずしもならない。
ここを混同せずに、自分の目的を 楽さなのか、速さなのか で言語化しておくと、判断はずいぶん整理されると思います ──
処方の前に問うこと
クランク長を選ぶときに、私が問いかけたいのは次の3つです。
この3つを自分で言語化できると、世間の「短いほうが良い」という空気に流されずに、自分にとっての判断軸が立ち上がってくる ── これが私の感覚です。
私自身は、172.5mmを使い続けています。自分のパワー特性を活かすにはこの長さが合うと、今は感じているからです。ただ、来年同じ判断をするとは限りません。脚質は変わっていきますし、走りたい目標も変わっていく。
「短いほうが良い」でも「長いほうが良い」でもなく、その人にその時に合うクランク長を見つける ──
選手の機材選定でも、私が見ているのはいつもこの軸です。世間の流行りからは少し距離を取りながら、目の前の人の脚と走りを見て、いっしょに整えていこうと思います ──
【Jam cycle 機材インフォメーション】
クランク長の変更や、ご自身の脚質に合わせたご相談など、店舗にて承っております。
ペダリング・ポジション・脚質を見たうえで、いっしょに最適な長さを考えていきます。
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※ もちろん、店頭でのお声がけも大歓迎です。
※ 本記事の内容は筆者個人の現場観察と感覚に基づくものであり、体重・走行環境・脚質・目的により最適なクランク長は異なります。引用したワールドツアー選手のクランク長・体重は2024〜2025年シーズンの公開情報に基づきます。
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