Zone 2 は本当に「正解」なのか
Zone 2 は本当に「正解」なのか
20年余り現場をみてきた目で読み解く
近年、海外のサイクリングメディアやポッドキャストで Zone 2(以下 L2)トレーニングの重要性が繰り返し語られています。きっかけはツール・ド・フランスを4度制したタデイ・ポガチャル選手と、彼を指導するイニゴ・サン・ミラン博士の発信です。
サン・ミラン博士は、L2 が ミトコンドリア機能・脂質酸化能力・乳酸クリアランスを最も効率的に刺激するゾーンであり、これこそがエリートサイクリストの土台を作ると主張しています。一方で、これに対しては多くのコーチや運動生理学者から強い反論も出ており、世界的にも議論は決着していません。
そして「ポガチャルがやっているから Z2 が正解だ」という単純化が、ここ日本のホビーサイクリストの間にも急速に広がりつつあります。
本当にそうなのでしょうか。
私は20年余り選手の現場に立ってきました。その経験から、今のZ2議論には、語られていない大事な前提がいくつもあると感じています。今回はその違和感と、ジュニア選手・市民レーサーへの翻訳を、できる限り正直に書いてみたいと思います。
L2 は「最適解」ではなく「条件付き正解」
はじめに明確にしておくと、私は L2 の重要性そのものを疑ってはいません。ミトコンドリア密度や毛細血管網の発達、脂質酸化能力の向上といった生理的効果は、複数の研究で繰り返し示されています。
ただ、論点は別のところにあると感じています。
L2 は「正しい」かどうかではなく、"今のあなた"のフェーズにとって必要かどうか。問うべきはそこではないでしょうか。
1週間に乗れる時間も人によって違います。脚質のタイプも違います。そしてサイクリストとしてのキャリアフェーズ、つまり「今、どの能力を伸ばすべき段階にいるか」も人によって全く違います。
L2 が必要なフェーズに立つ人にとっては、確かに L2 は最適解になり得るでしょう。しかし、そうではないフェーズにいる人がポガチャル流の配分をそのまま真似ても、強さに直結するとは限らない。むしろ伸びを止めてしまう可能性すらあると、私は考えています。
トレンドの歴史を3段階で整理する
私が指導の現場に立ってきた20年余りの間に、世間で「これが正解」と言われるトレーニング・トレンドは大きく3回入れ替わってきました。
| 時代 | 主流とされた強度 | 当時の文脈と、私が現場で感じていたこと |
|---|---|---|
| 第1期 LSD の時代 |
ロング・スロー・ディスタンス(かなり低強度のベース走) | 強度が低すぎるため、これだけで強くなると考えるサイクリストはほぼいませんでした。「ベース作りである」という共通認識があり、別途しっかりとレース強度のトレーニングを行っていたのが当時の標準だったと思います。 |
| 第2期 SST の時代 |
スイートスポット(FTP の 88〜94% 帯) | LSD への対抗として、テンポや SST の重要性が語られ始めました。日本ではヒルクライムブームと重なり、「SST こそ最適解」という論調が広まりました。 |
| 第3期 Z2(L2)の時代 |
Zone 2 / 8割を L2、2割を高強度のポラライズド型 | サン・ミラン博士の発信を起点に、世界中で「L2 こそ本質」という論調が広がっています。SST 時代の反動という側面も感じます。 |
ここで、よく見落とされる事実があります。
SST 時代に伸びた選手の多くは、それ以前の LSD + レース強度というトレーニングを十分にやってきた選手だったということです。 彼らは既に厚いベースと高強度の能力を持っていて、そこに SST が「足された」結果として伸びた。SST という単一強度が彼らを強くしたわけではないのです。
同じ構造のことが、今の Z2 ブームでも起きるのではないかと、私は感じています。
ジュニア選手に L2 を当てはめると見えてくること
エリート級のジュニア選手を指導していて感じるのは、若い選手にはまず別の優先順位がある、ということです。
VO2max の高さと、無酸素域の能力。この2つが伸ばすべき第一の土台だと考えています。
もちろん、トレーニング頻度・時間・距離をしっかり乗れる選手は、結果として強くなります。これは経験的にも明らかです。ただし、それが「L2 の効果」かどうかは別の話です。
VO2max と無酸素域がある程度のレベルに達している選手であれば、L3 や L4 を多く行うこと、また乗り込みの中で L3 周辺を刺激することで、伸びが顕著に出る印象があります。
逆に、VO2max や無酸素能力がまだ低い段階の選手が、週の8割を L2 で過ごしても、強さに直結しないのではないかと感じています。土台がないところに L2 をいくら積んでも、レースで使える出力域が広がっていかないのです。
つまりジュニア期は、ポガチャル流をそのまま当てはめる時期ではなく、L2 でベースを作る前に、伸ばすべき出力域がある。そう私は捉えています。
「LSD へ落とさず、L2 で耐える」
これがメッセージの本質ではないか
ここからが、私が現場で考えてきたことの中で最も伝えたい部分です。
世間で語られる Z2 ブームは、しばしば「SST ではなく L2 でいい」と要約されてしまいがちです。しかし私は、そのメッセージの本当の意味は別のところにあると感じています。
「SST ではなく L2 でいい」ではなく、「LSD へ強度を落とさずに、L2 で耐える」。
このニュアンスこそが、ポラライズド型の本当のメッセージなのではないでしょうか。
ポラライズド型の配分(8割 L2 / 2割 L5以上)を、実際の週ボリュームに当てはめてみます。週10時間ライドする人なら、その2割、2時間は VO2max にしっかり入れる必要がある計算になります。
逆から見ると、週に2時間も VO2max に入れる以上、その他の時間は L2 程度の強度に抑えないと過負荷になります。メリハリをつけることで、負荷をかける日にしっかり負荷をかけることができる。これがポラライズドの構造です。
そして、ここに大きな現場感覚があります。高強度トレーニングを行った翌日に L2 で数時間走ること、これもまたかなりキツいトレーニングになるのです。
L2 で「耐える」ための、2つのコントロール
L2 で耐えるという行為には、実は複数の要素があります。
前日にハードな高強度トレーニングをこなした翌日、身体的にも心理的にも「アクティブリカバリーで気持ちよく流したい」「LSD 程度でリフレッシュしたい」という欲求が出てきます。それを我慢して L2 で踏みとどまる、という側面です。
サイクリストの多くは、走り出すとアドレナリンが出て、自然に L3 域へ入ってしまうことが多いものです。気持ちよく踏めてしまうのです。しかしそうすると、その日は「頑張れた」感触は得られても、翌日にまた L2 で数時間の練習に向き合えなくなるケースが本当に多いのです。
つまり L2 とは、気持ちをコントロールしながら踏みとどまる強度なのです。「楽な日」ではなく「自制が必要な日」。ここを誤解すると、ポラライズドの配分は機能しません。
もちろん、週末しかライドしないホビーライダーの方が L2 で我慢する必要はないと思います。しかし、自己向上の目標を持って連日のトレーニングに向き合うサイクリストにとって、「一日だけ頑張ってその反動で継続できなくなる」という結果は、避けたいところではないでしょうか。
ホビーレーサーが避けるべき、Z2 ブームの罠
現場で多くのサイクリストを見ていて感じるのですが、世間が発信する情報の影響力は、想像以上に強いものです。とくに、自分の中にまだ確立した持論がない時期のサイクリストにとっては、トレンドの言葉がそのまま「正解」として刷り込まれてしまうことがあります。
「L2 でいいんだ」と感じている方は、今、本当にたくさんいるのではないでしょうか。これは数年前、SST が最適解だと言われていた時にも私が感じていた構造と、まったく同じです。
─ 自分のフェーズを問わずに配分を真似る
マイクロインターバルや VO2max のロングインターバルを継続的に行っている選手の場合、週5〜6回のトレーニングのうち、3〜4日は L2 で120分前後を走っているという配分が、私の現場感覚としてはよくある形です。
ただし、これは「一年のうち、その配分が必要なフェーズにある時期」の話です。年間を通じてずっとこの配分というわけではありません。そして、その背景には高強度の刺激を積極的に積んでいる土台があります。
この前提を抜きにして「 L2 が流行ってるから、L2 だけを行う」この偏りだけは避けたい。
ロードレースというものは 総合力がモノをいうスポーツです。何か一つに偏れば何かを失いかねない。
「L2 にプラスして何か別のことを行う」この意識は大切だと思います。
トレンドではなく、「自分は今どのフェーズか」
LSD、SST、Zone 2。それぞれの時代に「これが最適解」と語られてきた言葉たちは、いずれも一面の真実を含んでいます。しかし、それを無条件に自分に当てはめる前に、一度立ち止まって考えるべき問いがあると、私は思います。
・自分は今、サイクリストとしてどのフェーズにいるか
・伸ばすべき出力域はどこか(VO2max か、無酸素域か、ベースか)
・週のボリュームは何時間で、その中の高強度はどれだけ確保できるか
・前日の負荷を踏まえて、今日の L2 は「我慢」できるか
ポガチャルがやっていることは、世界トップ選手が、年間を通じて一日5〜6時間以上を自転車に費やせる環境のなかで、緻密に組まれた配分の上に成り立っています。彼の配分の「形」だけを切り取ってホビーや育成年代に持ち込んでも、本当の意味で機能しないのではないかと、私は感じています。
大切なのは、トレンドの言葉に答えを求めることではなく、自分自身のフェーズを見極め、必要な刺激を必要な順序で積み重ねること。私が20年現場で見てきた「強くなる選手」たちは、いつの時代も、そういう積み重ね方をしてきたように思います。
Z2 ブームが過ぎ去ったあと、また別のトレンドが必ずやってきます。そのとき惑わされない目を、サイクリストの皆さんと一緒に育てていけたらと、私は願っています。
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※ 本記事の見解は筆者個人の指導経験と研究文献の解釈に基づくものであり、トレーニング処方は個人の体力レベル・目標・年間スケジュールにより最適解が異なります。具体的な処方については、必ず信頼できるコーチや専門家にご相談ください。

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