Paul Seixas ポール·セクサス
19歳、ストラーデ・ビアンケ2位。
ポール・セクサスという「静かな炎」
祖父とテレビで観たツール・ド・フランスから始まった、フランス自転車界の新たな希望
2026年3月8日、イタリア・シエナ。白い砂利道「ストラーデ・ビアンケ」のゴールで、世界は一人の19歳を目撃しました。
ゴール手前18kmでイサーク・デルトロと共に追走グループから抜け出し、シエナ旧市街の急坂でデルトロを振り切って単独2位。前方にいたのは、78km独走を敢行したタデイ・ポガチャルただ一人。その差は約1分。
勝者との差はまだ大きい。しかし、19歳のフランス人がモニュメントの表彰台に立ったという事実は、自転車界に静かな衝撃を与えたように感じます。
その選手の名前は、ポール・セクサス(Paul Seixas)。
私自身、彼の走りを追いかけるうちに、単なる「速い若手」という枠には収まらない人物像が見えてきました。彼の物語を、できるだけ丁寧にお伝えしたいと思います。
家族の中で、自転車に興味があるのは
他に誰もいなかった
2006年9月24日、フランス第3の都市リヨンの7区に生まれました。身長186cm、体重64kg。細身のクライマー体型です。
ここで一つ、印象的な事実があります。セクサスの家族には、サイクリストが一人もいませんでした。両親は空手の経験者で、父親に至っては競技レベルだったそうです。
では、なぜ自転車だったのか。
祖父と並んでテレビに映る選手たちを見つめた少年は、やがて自らペダルを踏み始めます。8〜9歳のとき、ブール=アン=ブレスで出場した初めてのレースで優勝。12歳ごろ、家族はリヨンからヴィルフランシュ=シュル=ソーヌ近郊のアンスに引っ越し、ボジョレー地方の丘陵地帯が彼のトレーニングフィールドになりました。
サイクリストの家系でもなく、恵まれた環境があったわけでもない。それでも、テレビの前で灯った小さな火が、彼をここまで連れてきたのだと思うと、胸が熱くなります。
2024年シーズンだけで13勝。
世界が注目し始めた17歳
セクサスのジュニア(U19)時代の成績は、控えめに言っても圧倒的です。
フランス男子として史上初の快挙でした。クライマーでありながらTTも制するという、その万能性に衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。
モニュメントのジュニア版で頂点に。アルデンヌ・クラシックとの相性の良さを、すでにこの時点で示していたように思います。
イタリアで行われるジュニア最高峰のステージレースを制覇。ステージレースでの総合力もすでに証明されていました。
冬にはシクロクロスにも取り組み、フランス王者に。このオフロード経験が、後のストラーデ・ビアンケでのグラベル対応力に繋がっていると考えられます。
2024年シーズンだけで13勝。当然のように、UAE チーム・エミレーツ、スーダル・クイックステップ、EFエデュケーション・イージーポストなど、世界のトップチームから勧誘の声がかかりました。
「高い給料よりも、
慣れた環境で成長し続けることが大切」
ここに、セクサスという人間の本質が表れていると感じます。
多くのワールドツアーチームからのオファーがある中、彼が選んだのはデカトロン・AG2R・ラ・モンディアル。カデット時代から自分を育ててくれたチームへの残留でした。
19歳の選手が、目先の報酬ではなく「育ててくれた人への恩義」を選択する。これは簡単にできることではないと思います。移籍市場が過熱する現代のプロロード界において、この判断は非常に稀有なものではないでしょうか。
なお、リヨンの名門ビジネススクールemLyonで経営学の学位(Global BBA)も並行して取得中とのこと。アスリート向けの特別プログラムを利用し、オンラインで授業を受けているそうです。自転車だけに依存しない人生設計にも、彼の冷静さと成熟度が表れているように感じます。
18歳でドーフィネ総合8位。
「ポガチャルに匹敵するタレント」という評価
2025年、ワールドツアー最年少選手としてプロデビュー。その1年目から、歴史的な記録を次々と打ち立てました。
| 大会 | 結果 |
|---|---|
| クリテリウム・デュ・ドーフィネ | 総合8位(WT最年少トップ10の歴史的記録) |
| ツール・ド・ラヴニール | 総合優勝+2ステージ優勝 |
| ヨーロッパ選手権エリート ロードレース | 銅メダル(ポガチャル、エヴェネプールに次ぐ) |
| イル・ロンバルディア | 7位(モニュメント最年少トップ10記録) |
| 世界選手権チームリレー | 銀メダル |
18歳でドーフィネのトップ10。19歳でイル・ロンバルディアのトップ10。いずれも最年少記録です。
特にヨーロッパ選手権では、ポガチャルとエヴェネプールに次ぐ3位。世界最強の2人と同じ表彰台に立ったという事実は、この選手のポテンシャルの大きさを物語っているのではないでしょうか。
■ 2026年 ── ストラーデ・ビアンケの衝撃
シエナの急坂で見せた ──
19歳の「静かな闘志」
2026年シーズンは、開幕から加速していきました。
ステージ1勝、ヤングライダー賞、総合2位。シーズン序盤から好調を示しました。
ゴールまで約40kmを残した地点から独走を開始し、そのまま逃げ切り。プロ初のワンデーレース勝利をもぎ取りました。この攻撃的なスタイルは、ポガチャルを彷彿させるものがあります。
そして迎えたストラーデ・ビアンケ。
ゴール手前18km、追走グループからデルトロと2人で抜け出したセクサスは、シエナ旧市街の石畳の急坂でデルトロを振り切り、単独2位でフィニッシュ。前方で78kmの独走劇を演じたポガチャルには届かなかったものの、19歳にしてモニュメントの表彰台を射止めました。
この結果により、UCIワールドランキングは47位にまで急上昇。フランスのベテラン、ジュリアン・アラフィリップをも追い抜きました。
ストラーデ・ビアンケの白い砂利道で、セクサスが見せた安定したバイクコントロールは際立っていました。ジュニア時代にフランス・シクロクロス王者にもなった経験が、ここで大きく活きていたのではないかと思います。舗装路だけでなく、オフロードでも戦える能力 ── これは現代のプロロード選手にとって、非常に大きなアドバンテージと言えるのではないでしょうか。
「厳しいコースほど自分に合う」──
ポガチャルとの類似点と、独自のスタイル
セクサスは本質的にクライマーであり、将来的にはグランツールの総合系(GC)ライダーへの成長を目指しているとのことです。
急勾配での爆発的なパワーが最大の武器。アルデンヌ・クラシックで結果を残していることからも、その実力は証明されています。
ジュニア世界王者の実績が示す通り、個人TTも得意。クライマーでありながらTTも強いという点は、GCライダーとしての必須条件を満たしています。
40km独走、遠方からのアタック……。ポガチャルを彷彿させる積極性を持ちながら、レースインテリジェンスは19歳とは思えない成熟度を見せています。
自身のスタイルについて、セクサスはこう語っています。
「ポガチャルに近いタイプだが、彼ほどのスピードはない。厳しいコースほど自分に合う」
この自己分析の正確さにも、彼の知性が感じられます。自分を過大評価も過小評価もせず、現在地を正確に把握している。だからこそ、焦らず成長し続けられるのではないかと思います。
比較しない。焦らない。
でも、すべてを尽くす。
セクサスの人物像で最も印象的なのは、メディアの過度な期待に対する冷静な距離感です。フランスでは1985年のベルナール・イノー以来、ツール・ド・フランスを制した自国選手がいません。その重圧を背負わされそうになっても、彼は自分のペースを崩しません。
そして、私が最も心を動かされた言葉がこれです。
19歳でこの言葉が出てくることに、正直驚きました。
「ツール5位でいい」と言い切れる潔さ。しかしそこに諦めはなく、「でもすべてを尽くす」と続ける。期待と謙虚さ、野心と冷静さが同居している。私はこの言葉に、セクサスという選手の本質 ── 静かだけれど決して消えない炎のようなものを感じました。
座右の銘は「Never give up!(諦めるな!)」。好きなレースはツール・ド・フランス、好きなデザートはタルト・タタン。どこまでもフランスの少年らしい一面も、彼の魅力だと思います。
アルデンヌ・クラシック、
そしてグランツールへ
2026年4月以降、セクサスにはアルデンヌ・クラシックへの挑戦が控えています。
フレッシュ・ワロンヌ:4月22日
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ:4月26日
グランツール:ツール・ド・フランスまたはブエルタ・ア・エスパーニャのいずれかに出場予定(最終決定はアルデンヌ・クラシック後)
ジュニア時代にリエージュ〜バストーニュ〜リエージュのジュニア版を制しているだけに、エリートでのアルデンヌ挑戦にも期待が高まります。
そして、その先に見据えるのは ── ツール・ド・フランス。
1985年のイノー以来、40年以上もフランス人が総合優勝から遠ざかっているこのレース。その重圧を、セクサスは恐れるどころか、むしろ静かに受け入れているように見えます。
祖父とテレビの前で眺めたツール・ド・フランス。家族の中で誰も理解してくれなかった自転車への情熱。カデット時代から支え続けてくれたチームへの恩義。そして、「ツール5位でもいい。でもすべてを尽くす」という、静かで揺るぎない覚悟。
ポール・セクサスという選手は、まだ19歳です。彼のキャリアは始まったばかりで、これからどんな物語が紡がれていくのか、誰にも分かりません。
しかし、2026年のストラーデ・ビアンケで白い砂利道を駆け抜けた19歳の姿は、自転車界が次なる物語の主人公を見つけた瞬間だったのではないか ── 私はそう感じています。
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